「美しい背中」-しろヒゲ先生の医療談話(by Dr. Hiroshige)

 きょうは、私がいままでに診させていただいたかたのなかでも、特に記憶に強く残っているかたのお話しをします。

 そのかたは89歳のおばあちゃん、脳梗塞後遺症と骨粗鬆症を伴う大腿骨骨折で、ほぼ寝たきりでした。同居していたのは、息子さん(60歳代:仮名A太さん)とそのお嫁さん(50歳代後半:仮名U子さん)でした。

 

 A太さんは、会社員として長年勤めていて、U子さんはパートでスーパーのレジ係として働きながら、家事もすべてU子さんがやっていました。おばあちゃんが5年前に脳梗塞で倒れた時も、そのあとも、ずっとおばあちゃんのお世話は、U子さんがしていました。

 この話は、今から5年ほど前のことですので、介護保険を申請すれば、在宅介護を受けられたはずですが、U子さんたちは介護保険の申請方法を知りませんでした。そのため、自分一人でU子さんはおばあちゃんのお世話をしていたのです。

 ある朝、U子さんがいつも通り、午前5時に起きておばあちゃんに声をかけると、おばあちゃんは少し痰(たん)がからんだような息をしながら、いつもどおり手を少し挙げて「おはよ」とだけ言いました。

 U子さんは痰のからんでいるおばあちゃんをみて、「風邪かな?あとで近所の内科の先生に往診してもらおう」と思っていました。その後、夫のA太さんが出勤するのを見送って、午前9時、U子さんはおばあちゃんのベッドに食事を運んで声をかけましたが、おばあちゃんは返事をしません。

 U子さんは「ん?また寝ちゃったのかな?」と一瞬思いながら、もう一度声をかけましたが反応がありません。U子さんが、おばあちゃんの手を握ってみると冷たくなっていました。少し揺すってもおばあちゃんは起きません。いくら声をかけてもおばあちゃんは目を開けてくれませんでした。

 あわててU子さんは119番通報しました。間もなく救急隊がけたたましいサイレンの音とともに到着しましたが、既に硬直がみられるとのことで病院搬送されず、救急隊と入れ替わりに警察官が来て、U子さんは警察から事情を聴かれました。

 U子さんは、ただただ、聴かれたことに正直に答えるだけで、何が何だかよくわからないまま数時間が過ぎました。A太さんも連絡を受けて、あわてて家に戻ってきました。

 その後、警察から要請を受けて、地元の医師である私が、U子さんらの住む家に駆けつけました。

 さっそく、亡くなったおばあちゃんを診察しましたが、数年間、寝たきりだったにもかかわらず、おばあちゃんの背中には、床ずれ(褥瘡)が一つもなく、とてもきれいな状態でした。警察が確認した生活状況からも、介護保険でヘルパーさんや看護師さんを呼んだ形跡はありません。

 おばあちゃんは、ふだんからほとんど一日中、ベッドで横になっていたにもかかわらず、床ずれがまったくないのです。そこで、私は不思議に思って「どなたがお世話なさっていたのですか?」と質問すると、U子さんがおそるおそる「え?。なにか悪いことでもしてしまったでしょうか...」とのこと。私は「いえいえ、寝たきりとお聞きしていますが、あまりにもお背中がきれいなので、どんなに素晴らしい介護をなさっていたのかと思って…」と答えました。

 そのとたんU子さんはワァッと泣き崩れてしまいました。

 U子さんは、テレビの健康番組で床ずれのことを知り、見よう見まねで毎日、パートの合間をぬって、おばあちゃんの体位変換をしていたのだそうです。たったひとりで。毎日、何年間も。

 U子さんは「もっと、お散歩にも連れて行ってあげたかった。もっといろんなことをしてあげたかった。」と泣きながら言っていました。

 でも、みんなわかっています。U子さんが素晴らしい介護をしていたことを。おばあちゃんのきれいな背中が、すべてを物語っています。

しろヒゲ先生のポイント・アドバイス

  • 高齢者が、熱もないのにゼコゼコと、痰がからむような息をしていたら、心不全徴候の可能性があります。早めに医師の診察を受けましょう。
  • 床ずれ(褥瘡)防止のためには、2時間に一回の体位交換が有効と考えられています。一人で介護をすることは、介護をするひとにとっても大変な負担になってしまいます。お世話するひとが、ひとりで抱え込まず、介護保険を利用しましょう。

 

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